アーサー・ビナードさんの一番好きな漢字は「風」だと言いました。僕も「風」という漢字がとても好きです。なぜかというと、風と言ったら優しい気持ちが浮かぶし、風は自由で吹くからです。春と夏にゆっくり吹いている風はとても気持ちよくて優しいです。そして、風をなかなか止まれないから、僕にとって自由の意味を持っています。そして、僕が「風」が好きだという理由はもう1つあります。風林火山(ふうりんかざん)という言葉を知っていますか。僕がとても好きな言葉ですてきな意味を持っています。風林火山は風より速くて、林より静かで、火より熱くて、山より高いということです。つまり、すごく強くて速くて立派な人のことです。それで、風は速さの意味もあると思って、僕は速いものが好きだから風が好きです。
My life studying Japanese. I started this blog in my first year Japanese class as a homework assignment and then decided to (try to) keep it going when I came to Japan to study. 日本語の勉強の生活。日本語の一年の授業で宿題のために初めて書いて、日本に勉強しに来てから続けることにした。
Monday, March 18, 2013
Wednesday, March 6, 2013
短歌の鑑賞
1)脳内でリピートされるあの曲はサビしか知らぬ昔の名曲
僕が見える情景は作者が何十年前の有名な歌を聞いて、ずっと頭の中でその歌が続いていることです。でも、昔の歌ですから、もうあまり知られていません。そして、作者はその歌はとてもすてきだと思っていて、もう知られていないのとに驚きました。それで、作者が伝わりたい気持ちは古いものでもいいということです。
2)AKB48のメンバーを把握している恐るべき父
作者のお父さんはAKB48のメンバーが大好きで、作者はそのことが気持ち悪いと思っています。お父さんが若い女の子にメロメロになることは気持ち悪くてちょっと怖いです。この短歌の作者は多分「自分の年齢らしく生活して下さい」と言いたいと思います。
3)秋晴れの青い大空貫いて高く見えるは紅(あか)い岩手山
ある秋の晴れている日、作者はきれいに岩手山が見えて感動しました。それに、町に高い建物があったのに、岩手山の方が高くて立派でした。多分人間が作った建物などと岩手山を比べて、自然の美しさや立派さに感動したと思います。
俳句・川柳・短歌
俳句と川柳と短歌は全部日本の有名な詩でだいたい同じですが、ちょっと違います。一番簡単に見える違いは何と言っても俳句と川柳は17音だけで作られていますが短歌は31音で作られています。俳句と川柳は5・7・5のリズムで短歌は5・7・5・7・7のリズムです。それで、俳句と川柳を理解するのはちょっと難しいです。だから、なかなか理解しやすい詩を作るには、短歌の方がいいと思います。あとは、俳句と川柳の形は同じなんですが、内容は違います。日本以外の国で同じだと考えられているかもしれませんが、俳句は必ず自然と関係があるのに対して、川柳の目的はユーモアです。俳句は季語を入れる必要がありますが、川柳はそんな必要がありません。
俳句、川柳、短歌はちょっと違いますが、全部はなかなかおもしろくて楽しみやすいと思います。
Friday, March 1, 2013
短歌
最近授業で俳句を勉強していて、それは5・7・5のリズムですね。でももう1つの短歌という和歌を知っていますか。短歌というのはちょっと俳句みたいで五七五七七のリズムを使う詩のことです。そして、俳句のようによく自然や季節について書かれています。
最古の短歌は万葉集というもので、偉い人が詠んだ歌を4500首以上集めたものです。万葉集は奈良時代の終わりごろに集められたとされています。でも万葉集についてそれぐらいしか分かりません。どうやって、だれが、なんのためにできたといったことが全然知らないそうです。それに、万葉集は万葉仮名、つまり漢字の音を用いる文字のこと、で書かれましたから、なかなか読みにくくなってしまいました。だから、いろいろな人はどう読めばいいか研究して、読み方を書いておきました。
でも、短歌は昔だけじゃなくて、現代にも楽しまれています。いろいろなウェブサイトは楽しく短歌を説明して、若者でも親しみやすいです。俵万智という有名な歌人はウェブサイトがあって、そこでたくさんの短歌が読めます。僕がおもしろいと思ったの短歌はこの次の短歌です。
生ビール買い求めいる君の手をふと見るそしてつくづくと見る
「また電話しろよ」「待ってろ」いつもいつも命令形で愛を言う君
「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
そして、短歌もいろいろな国語で書かれていて、僕が調べたところによるとある小学の6年生徒が写真を見て、その写真のことについて英語で短歌を書いたそうです。やっぱり、だれでもどこにいても日本の文化を楽しめますね^^
「また電話しろよ」「待ってろ」いつもいつも命令形で愛を言う君
「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
そして、短歌もいろいろな国語で書かれていて、僕が調べたところによるとある小学の6年生徒が写真を見て、その写真のことについて英語で短歌を書いたそうです。やっぱり、だれでもどこにいても日本の文化を楽しめますね^^
Wednesday, February 27, 2013
コロンビア大学生の俳句
毎年日本語を勉強しているコロンビア大学生は俳句を作るそうです。そして、ちょっとその俳句を読んで、次の3つは一番好きなものです。
1)新雪の 静かな明かり キラキラと
多分この俳句は雪が降ったばかりの時書かれて、作者はその情景はとてもきれいだと思いました。この俳句を読むと、夜に雪が降っていましたが日の出までに晴れて、日の光は雪に反射されています。それに、雪が降りましたから、詠まれている季節はぜったい冬です。
2)ポケットに 入れたチョコレート もう解けた
この俳句はおもしろいから好きです。作者はちょっと前にチョコレートをポケットに入れましたが、夏で暑いですから早く解けてしまいました。食べようとする時、チョコレートを出しましたが、もう解けていましたから食べられなくて、悲しくなりました。
3)うちの猫 冬の寒さで 暖かい
ネコじゃなくて犬だったら、僕もこれを感じたことがあります。冬は寒いですから、ネコや犬をハグして、暖かくなります。そして、その時暖かくてうれしいですから眠くなってしまって、お昼寝してしまいます。
そして、これはコロンビア大学生の俳句以外のことなんですが、ウェブでおもしろい英語の俳句を見つけたんです。(≥v≤)
この絵はここから:http://consumedbywanderlust.wordpress.com/2011/02/19/follow-up-dissertation-haiku/
Monday, February 25, 2013
アーサー・ビナード
アーサー・ビナードさんは1967年ミシガン州で生まれました。コルゲート大学で英語の文学を勉強して、日本に興味を持つようになりましたから、英語でも日本語でもいろいろな詩やエッセイを書いています。ビナードさんの詩は本に集められて、「つりあげては」という本のおかげで2001年に中原中也賞をもらいました。また、2008年に山本健吉賞をもらいました。
今ビナードさんは東京の近くにある板橋に住んでいて、日本語でいろいろな欄を書いています。そして、どうして初めに中国じゃなくて日本に興味を持つようになったかというと和食が好きだからだそうです。
Monday, February 18, 2013
自然の意味
僕にとって自然は「平和」の意味を持っています。どうしてかというと、僕はたくさんストレスがある時少し外で歩きながら音楽を聞きます。きれいな自然の風景を見ると、僕のストレスが下がります。すてきな風景を見ると平和になります。それに、時々テクノロジーのせいでストレスが増えるので、テクノロジーのないの自然は平和だと思います。社会は少しうるさいだけど、自然のところは静かでリラックスできます。
Monday, February 11, 2013
宇宙の声とドラマ
時間があれば、僕は「宇宙の声」という小説を呼んでいます。とても面白いですが知らない単語や漢字は多いです。主人公はミノルという少年とハルコという少女で、そのふたりは宇宙に興味を持っています。そして、ある日に、テストをパスして、宇宙の生活ができるようになって、宇宙の基地に行きます。
でも、最近あまり時間がありませんから、まだあまり読んでいません。
毎日、ちょっとお昼休みがあって、その時よく部屋に帰って、お昼ご飯を食べながら、「日本人の知らない日本語」というドラマを見ます。そのドラマはすごく面白くて、ちょっと前に楽しいエピソードを見ました。そのエピソードでバイト敬語という話し方が出てきました。それは何かというと、アルバイトしている店員がよく使う敬語です。でも、実はバイト敬語は正しくないそうです。例えば、バイト敬語で「こちら、ハンバーガーになります」というんですが、正しいのは「こちら、ハンバーガーでございます」。
本当に面白いですから、よかったらぜひ見てください!
松尾芭蕉と小林一茶
松尾芭蕉は江戸時代の一番有名な俳諧師で、今も一番上手な俳諧師だったとされています。松尾芭蕉は若い時から俳諧を書いて、江戸に行ったらすぐ全国で芭蕉の名前は知られていました。でも、江戸を出て、田舎で歩きながら自然の影響を受けて俳諧を書きました。だから、松尾芭蕉はよく自然のことについて書きました。
小林一茶は江戸時代の後半に生きていて、一茶だけで知られていました。三歳の時、一茶のお母さんが亡くなって、五歳の時、お父さんがまた結婚しました。そして、おばあさんが亡くなったら、一茶は田舎で散歩するようになりました。それで、江戸に行って、俳句の勉強しました。でも、出身に帰ったら、生活が苦しくなりました。結婚して、子供が三人生まれましたが、子供も奥さんも亡くなりました。
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